2シーズン現役から離れ、昨オフにプエルトリコのウインターリーグで現役復帰した40歳は「(古巣で)違和感は感じなかった。WBCに集中したい」。その後の現役復帰について「その気になれば、どこかでやることを真剣に考えなければならないかもしれない」と話した。(タンパ共同)
デイリースポーツ
古巣ってやりやすいのかなぁ
内訳は、国立大(82大学368学部)の出願者が34万2235人で、志願倍率は4.2倍。公立大(72大学163学部)の出願者は11万3708人で6.0倍だった。この時点で前年度の最終志願倍率を超えた大学・学部は、国公立合わせて114大学307学部となっている。
asahi.com
大学通わせるのも一苦労ですよね
提言では、近年の日米関係について「関係強化の時間を割くことを怠ってきた」と指摘。両国間の課題になっている日米経済連携協定(EPA)の締結については「調整に時間がかかる」との認識を示したうえで、物流手続きの改善などできることから積み上げていくことを説いている。
共同提言は、国際経済交流財団が平成19年12月にワシントンでシンポジウムを開催したのをきっかけに、日米の元政府関係者らが討議してまとめた。
産経ニュース
アメリカもそろそろ終わりでしょうね
大阪府出身。曾祖父の代からキリスト教徒で、小学3年で洗礼を受けた。東京高等学校から東大に入り、物理学(強磁性体)を学んだ。ときは戦争のまっただ中。1945年8月、物理学によって生み出された原爆が広島、長崎に相次いで投下された。大学卒業後、「物理学を宗教的な意味から考え直したい」と、物理学から離れてカトリック修道者としての道を選んだ。
しかし、優秀な学者はいつまでも放ってはおかれない。上智大の理工学部開設時に請われ、学問の道に戻った。
59年、理論物理学を学ぶために米プリンストン大へ留学した際、思わぬ人物と出会った。原爆の完成を指導した物理学者、オッペンハイマー氏である。大学院の助手として柳瀬氏の指導を受けていた東大名誉教授の村上陽一郎氏(72)はこう語る。
「(オッペンハイマー氏は)非常に内向的な方で最初は心を開かなかったそうです。しかし、柳瀬先生の人柄のせいか次第に打ち解け、原爆がもたらした被害についての自責の念を繰り返していた、とうかがいました」
高等学術研究所の所長だったオッペンハイマー氏はその後、柳瀬氏を研究員として同所に招いた。世界の第一線で活躍する多くの学者と接し、後に米滞在を「第二の青春を知的な喜びで満たしてくれた」と振り返った。
神学に精通した異色の学者。そのためか、周囲には道を究めた一流の学者が集まった。ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏は、柳瀬氏の影響によってキリスト教に導かれたといわれる。
村上氏によると、苦労は学長時代よりも大学紛争が激化した60年代後半の副学長時代に多かった、と打ち明けていたそうだ。上智大では大学構内をロックアウトして沈静化を待つ“上智方式”を断行。好きな学問にも打ち込めない日々が続いたが、「副学長という立場なのだから、それは覚悟のうえ」と気に留めなかったそうだ。
生前、「人間は生きているかぎり時間と空間に閉じこめられている。ただ、魂は時間と空間を越えられる」と説いていたという。時間と空間を超越した世界で今、柳瀬氏はどんな道を歩んでいるのだろう。
ZAKZAK 2009/01/08
「この本は企画から携わって、モデルだけじゃなく編集者として文章のひと言、ひと言まで考えました。おすすめファッションだけじゃなく、NGファッションも取り上げました。同世代だけじゃなく、40代の人にも読んでほしい。親子で読んでくれたら、うれしいですね」。育児とモデルの両立にも「大変と言われるけど、仕事もできて、家に帰れば子供に癒やされる。すごくぜいたくなことだと思う」と話していた。
日刊スポーツ
ママになったんだし、髪黒くすればいーのに。
そうすれば、今の若者だってマネする。